会社設立と印鑑

銀行用の印鑑イメージ

鈴木英人の描く、貼り絵のような、紙吹雪が舞っているようなイラストが、それこそレコードジャケットや本のカバー、ポスターやテレビCMなどにこれでもかというように露出していたころ、キースへリングなるまったく知らないアメリカ人が描いた、アフリカンを彷彿とさせるワイルドでシンプル、摩訶不思議な超感覚とでもいうにふさわしいイラストも、あっという間に世界を席巻していった時代だった。

そしてこの時代は、漫画と言うジャンルを超えて手塚治虫や石ノ森章太郎などの作品がフィーチャーされるという、JAZZのフュージョンを地でいくような、激しい変化の時代でもあった。そんな時代に高校生活を送っていたわたしは、自然のなりゆきか工業系の大学をめざし意匠デザイン系の学科に学んだのだった。

しかし講義は少なくともわたしにとっては、つまらないものとしてしか映らなかった。講義の中心はインダストリアルなものばかりで、やれフェラーリのボディデザインがどうの、カミュのコニャックのボトルデザインがどうのというものばかりだった。

でもいくら講義がつまらないからといって、わたしがなにひとつそれらの講義から学ばなかったわけではない。
いくらわたしだってあのキッコーマンの卓上用の醤油瓶が栄久庵憲司の作品であり、慣れ親しんだヒゲのニッカのウヰスキーボトルのラベルが、大高重治の手書きの世界をデザインに反映させた傑作であることぐらいはしっかりと学んでいた。

わたしは学校にはある程度の見切りをつけ、日夜ひたすらデッサンの練習につとめ、イラストレーションも専門学校にも通って勉強した。
そうしてわたしは卒業目前で中退し、作品を飛び込みで持ち込んだあるデザイン会社にデザイナーとして採用された。

その会社では流通関係のチラシから、マンションのパンフレット関係、そして会社の社内報の編集まで、何でもやらされた。
しかしどれひとつとしてわたしのデザイン心を満足させるものはなかった。

わたしがデザイン会社を辞めてフリーのイラストレーターとしてやっていこうと思ったきっかけは、わたしの創った切り貼りのような立体イラストが新聞社主催の広告賞に入賞して、さる代理店のディレクターの目に留まり、やたらに気に入られてそこそこに使われて行くうちに、こいつは使える!と業界筋に踏まれたのか、あちらこちらからその立体イラストを中心とした注文がしょっちゅう入るようになり、しかもそのどれもが当時の金にすると、B3サイズで一点80万円程度には値が付くようになっていたからなのだ。

いくら金銭感覚にうといわたしでも、この今の仕事での稼ぎと、いま貰っている安い給料との死ぬほど大きなギャップは、不満の種となったのだ。

「一点創るだけで、制作実費や事務所の諸経費を払っても、十分にやっていける!貯金だってそこそこにできそうだ」と胸算用をするようになると、もうわたしの心は気がつくと会社に無く、新しく起こそうとしている自分の事務所へと飛んでいたのも当然の帰結だろうと思う。

そしてそれから半年後、わたしは独立してついに憧れの個人事業主、つまりたった一人のちっちゃい事務所ながらもシャチョーさんになったのだ!
シャチョーさんになったなら、さっそくやらねばならないことは実に多い。

まず印鑑=ハンコ関係だって一つ二つ作るだけでは済まない。
個人事業主ということは経営の代表者なのだから、まず会社の実印である「代表者印」が要る、銀行へ届け出る「銀行印」も必要だ。

そして契約書や請求書、領収書などに使う社名や屋号などを彫った「角印」も、書類関係をビシッと引き締める大切な印鑑だから絶対的に必要なのだ。

さらに会社名(事務所名)や住所、電話番号や代表者名を記すゴム製などの「社判」も忘れちゃいけない。
(じつはこれが事務所設立時に大活躍設立の際にはいろんな書類が必要になり、それにいちいち手書きで書いていたら大変なのだ)
登記系の書類やリース系事務機の契約、事務所の賃貸手続きなどの諸契約には欠かせない必須のアイテムなのだ。

わたしはいまバリにも事務所を構え、日本人観光客相手に新しい広告系のビジネスを起こそうと準備中である。
唯一残念なのはわたしのイラストはこちらの人にまったくと言っていいほど評価されないことだ…。

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